山口恵梨子女流二段、女流棋士人生が激変した西山朋佳白玲・女王の言葉「私の可能性を信じてくれた」
「西山朋佳さんは人として一番尊敬できる、偉人レベルの方です。あんなに私のことを思って言ってくれる人はいなかった。私の可能性を信じてくれた」。この言葉だけで、山口恵梨子女流二段(30)が、西山朋佳白玲・女王(26)にどれだけ救われたかがわかる。山口女流二段の2021年度の成績は22勝9敗、勝率.7096で自身初の6割超えどころか、一気に7割を超えた。女流棋士人生を変えるほどの出来事になったのが「女流ABEMAトーナメント」でチームメイトとなった西山白玲・女王との出会いだ。「大会の後に急激に成績がよくなりました(笑)。大会はプラスという言葉では言い表せないくらい、宝物のような時間でした」。自分の将棋の可能性を、本人よりもトップ女流に信じてもらえたことは、この上ない財産になった。
第2回大会から、3人1組の団体戦へと変わった「女流ABEMAトーナメント」。将棋ファンに好評な男性棋士による「ABEMAトーナメント」同様、チームで戦うことの楽しさが加わったが、真剣に指すのはもちろんのこと、女流棋士たちのチーム愛が溢れるシーンが満載となり、大きな感動を呼ぶことになった。中でも山口女流二段は応援して涙、対局して涙という場面も多かった。ただ、この経験が女流棋士人生への転換期を迎えるほどのことになる。
山口女流二段 女流ABEMAトーナメントの後に、急激に成績がよくなりました(笑)。藤井猛先生(九段)、西山朋佳さん、上田初美さん(女流四段)に鍛えていただいた効果が、大会の後の公式戦に出ているんじゃないかと思います。でも負けてしまった決勝戦で「それを出せよ!」って話だと思うんですが(苦笑)。めちゃくちゃ悔しいですね。成績が出始めるのがちょっと遅かったですが、公式戦で結果を出せるようになったのはうれしかったです。
リーダー西山白玲・女王が「自分が勝ったことがない相手」という理由でドラフト指名したのが、上田女流四段と山口女流二段。ただ棋力としては、西山白玲・女王の方が一枚も二枚も上。「藤井システム」で有名な振り飛車党・藤井九段が監督になったこともあり、一緒に過ごした時間は、山口女流二段にとっては至福のものになった。
山口女流二段 みなさんにかけていただいた言葉がすごく自分の中で大きかったんです。たとえばチーム動画でドミノをやった時、藤井先生からは「これはみんなの将棋を表しているようだ」と言われました。実は私、ドミノが完成しなかったんですよ(笑)。しかも何度も失敗したし、中途半端な感じだった。藤井先生には同時に「得意戦法を持ちなさい」とも言われていたので、「ああ、そういうことなのか。このままだと私の将棋が完成しない」と思い、序盤に対する考え方がかなり変わりましたね。上田さんには大会中、ずっと声を掛けてもらいました。タイトル戦に出た時、どういう心境だったのかとか、どういうことを考えていたかとか。全員のかけてくれた言葉で今、頑張れている気がします。
多くの言葉の数々の中でも、心の奥底まで響くようなものを投げかけてくれたのが西山白玲・女王だった。現在こそ女流棋界のタイトルホルダーは4人になっているが、里見香奈女流四冠(30)としのぎを削り続ける超トップの一人。具体的な技術面から、精神面のところまで、親身になって話し続けてもらった。
山口女流二段 西山さんの言ってくださったことが、本当に大きかったです。将棋の具体的な内容で言えば、山口さんが得意なところはここだから、それを活かすように指せば絶対に勝てるから、と言ってくれたりしました。自分のいいところを意識して、それを活かすように準備してからは、勝率が上がっている気がします。それに大会が終わった後、雑誌のインタビューを読んだら、負けてばかりだった私のことを「弱かった」という言い方ではなく「力を出せなかった」という言い方をしてくださった。私自身、めちゃくちゃ弱いという自覚はあるんですが、それ以上に西山さんが、私の将棋の可能性を信じてくれているんです。一生懸命頑張らなきゃと思いますし、かなりモチベーションになりました。あんなことを私に言ってくれる人なんていなかったし、人として一番尊敬できる、偉人レベルの方です。西山さんは困っている人、弱っている人を見たら、絶対に助ける人。超ストイックに努力されていてトップを取り続けて、全ての面で尊敬できる。こういう人になりたいと思いました。優しいというのは、強くないとできないんですね。本当に優しい人ってこんな感じなのかな。将棋に対して、すごく真摯でもあります。器がすごく大きいし、人格者。トップに立つ人ってこういう人なんだなと思えますね。会えば絶対好きになります。
女流ABEMAトーナメントが始まる前、「普及が9割だった」という山口女流二段は、女流棋戦が増えるタイミングで、普及活動の割合を減らし、より対局へのウェイトを高めることにしていた。大きなきっかけの一つが、女流初の順位戦を導入となった「ヒューリック杯白玲戦・女流順位戦」を生んだ、ヒューリック株式会社・西浦三郎会長の言葉だ。
山口女流二段 西浦会長がどういう思いで白玲戦を作られたかをヒューリック社員の方々に聞いたら「女流棋士に将棋が強くなってほしい」と、おっしゃっていました。私はYouTubeもやっているので、そこで棋戦の宣伝をしましょうかとお話をしたら「将棋に専念してほしい」と言われたので、棋戦を作ってくださった方の意向に沿いたいと思いました。そこから本格的に普及活動をセーブしました。ただ、それでも普及活動ゼロ、というわけでもなかったんですが、そこに女流ABEMAトーナメントのお話をいただいて、これは完全に普及活動をゼロにして頑張らないとダメだなと、専念し始めました。
もともと、女流棋界でNo.1になりたいというよりも、将棋の楽しさを広めたいという思いで女流棋士になった。それを知る周囲からも「普及、頑張ってね」と言われ、そのことに疑問を持つこともなかったが、西浦会長の言葉に強くなることへの意欲が生まれ、絶妙のタイミングで西山白玲・女王と出会ったことが、女流棋士としての大きな節目となった。
現在の女流棋界は、里見女流四冠、西山白玲・女王に続き、加藤桃子清麗(27)、伊藤沙恵女流名人(28)と4人のタイトルホルダーが存在する。里見・西山が振り飛車党なのに対し、加藤・伊藤が居飛車党。「女流は振り飛車」のイメージが少しずつ変わってきている。
山口女流二段 将棋の内容に注目してほしいですね。おもしろさが増していると思います。トップ4に居飛車党が2人、振り飛車党が2人。全員が振り飛車党じゃないので、いろいろな将棋が見られます。あと女流棋士は必ず戦型の得意、不得意があるので、どの戦型が課題かという視点で見ても面白いですね。私も振り飛車党でしたが、今は居飛車もやっています。最近の若い子は居飛車が多いのに、トップ層には振り飛車が多い。女流棋士の将棋も、あと5年ぐらいで変わるかもしれませんね。
研究対象となる戦型が増えれば、研究に要する時間も増える。ただ将棋に対するモチベーションが以前とまるで違う山口女流二段は、研究の内容も、時間の使い方も一変した。
山口女流二段 研究の時間をしっかり作るようにしてみてわかったんですけど、1日10時間ぐらいにもなれば、相当やっているという感じですね。逆に、それ以下だったら普通というか。藤井聡太先生も7時間くらいと言っているので、それが最低ラインなんだと思います。同じ8時間とか10時間とかでも、中身によって全然違います。仲のいい女流棋士とか奨励会員とかと、しゃべったりしながら感想戦含みで10時間の方が楽しいですが、勉強の効果は薄いと思います。1人で家にこもって7~8時間やった方が効率はいいんですけど、大変ですよ(笑)。
強い意志がなければできない1人での長時間研究も、対戦してくれる相手への恩返しの気持ちがあるからできる。自分が相手にとって、対局するにふさわしい者でいられるか、有意義な時間を提供できるかを考えている。
山口女流二段 私が弱くて相手と棋力差がありすぎると、相手が圧勝しても、その方は将棋が強くならないじゃないですか。私にとっては価値がある対局でも、相手にとっては時間の無駄になってしまう。自分自身が頑張って準備をしていけば、お互いにとって意義のある対局になる。そうなるように頑張りたいし、内容をよくしたいと思います。
その先には昨年末、西山白玲・女王と交わした約束を果たすという大きな目標がある。これもまた、山口女流二段の心に、深く残っているものだ。
山口女流二段 年末、西山さんが企画してくれて、チームの解散式をしたんですよね。いろいろな話をしたんですが、その時に西山さんが私と上田さんに「公式戦で指しましょう」と言ってくださったんです。西山さんと指すということは、公式戦でめちゃくちゃ勝たないといけないんです。だからそれは「そこまで頑張って来てね」という励ましだと私は捉えました。自分の可能性を信じてくれるのがうれしくて、また頑張ろうと思いました。
涙ながらに懸命に戦った団体戦から、今度はお互いの思いを持ち寄って盤を挟む。財産となった言葉と感謝を胸に抱きながら、山口女流二段はその日を実現させるために、また何時間も自室で駒音を立てる。
(ABEMA/将棋チャンネルより)
0 件のコメント:
コメントを投稿