バルト三国ラトビアの最新旅レポ② 昔ながらのラトビアを感じる街ヤルガワへ
公開日 : 2024年01月10日
今回は首都リーガから少し足を延ばし、41キロほど南にある近郊の街ヤルガワの旅をレポートします。ヤルガワはラトビア南西部のゼムガレ州にある、歴史を感じられる街。リーガから車で一時間弱なので、日帰りでもたっぷり街歩きを楽しめますよ。
ヤルガワの歴史と市民の気概を感じる博物館
ヤルガワはゼムガレ州北部に位置する街。ラトビア語で「ゼム」は「土」や「低い」、ガレは「端」、「地」という意味で、低地、湿地の多いゼムガレ州には麦畑が広がり、ラトビアの穀倉地帯でもありました。ヤルガワの街は、第二次大戦中の1944年の空爆で街の95%が焼失する大きな被害を受けましたが、市民が必死に守りぬいた旧市街の目抜き通りには、古い街並みが今も奇跡的に残されています。
「ヤルガワ旧市街の家」は、そんな18世紀末の古い建物を改修した博物館。もともと1階には木工工房やオートバイ修理店などが入り、2階以上が住宅として使われていた建物でしたが、ヤルガワの歴史を伝えるため、昨年2022年に博物館として生まれ変わりました。
展示のコンセプトは「黄金の宝箱」。引き出しを開けたり、スイッチを押したりすると、映像や音声などを使って、当時の建物や街の様子が再現されます。
隣の部屋の住人の話し声が聞こえてきたり、残された壁紙の一片から壁紙の柄を復元したり。最新技術を駆使しながら様々なアイディアで、かつての暮らしぶりを今に伝えます。
単にパネルを展示して解説するのではなく、建物の歴史や人々の生活を五感で感じてもらいたいという作り手の思いが伝わってきました。
■ヤルガワ旧市街の家(Jelgava Old Town House)
大人4€、月曜休館
https://visit.jelgava.lv/en/sightseeing/muzeji-un-ekspozicijas/item/4901-jelgavas-vecpilsetas-maja
ヤルガワに伝わる手仕事を受け継ぐ
「ヤルガワ旧市街の家」から歩いてすぐのところにある「ラトビア伝承館」は、昨年オープンしたばかりの、ラトビアの伝統工芸を紹介する施設。18世紀に建てられた建物を19世紀初め頃の内装に改修し、現在は織物工房と陶芸工房としても使われています。
私たちが訪れたときは、かつて女性が結婚するときに持参した手工芸品を紹介する、「おばあちゃんの結納箱から」という展覧会が開催中でした。愛らしい刺繍を施したテーブルクロスや付け襟、ブラウスや織物などが壁に飾られ、本人や家族の写真、プロフィールも。愛らしい嫁入り道具を大切に伝えてきた「おばあちゃんたち」が、どんな人たちだったかにも思いを馳せることができる素敵な展示です。
ゼムガレ州の民族衣装は、花や星、小さな緻密な文様あるスカートが特徴です。その柄は古く13世紀から受け継がれてきたもの。この繊細な柄を織るため、機織り機も独自に発達し、引き装置のある織り機や、穴の空いたカードを使って自動で柄が織れる仕組みもここヤルガワで発明されました。
■ラトビア伝承館(House of Latvian traditions and crafts)
https://https://visit.jelgava.lv/en/sightseeing/muzeji-un-ekspozicijas/item/5129-jaunums-dziveszinas-un-arodu-seta#:~:text=The%20house%20is%20given%20the,of%20the%20City%20of%20Jelgava.
ラトビア神道に伝わる「プズリ」と「キスツ」
ラトビアには、「プズリ」と「キスツ」という伝統装飾があります。今回、この二つの飾りを作るワークショップに参加することができました。会場は、ヤルガワ市にあるラトビア神道のスヴェーテ神社の参集所です。
ラトビア神道とは、キリスト教が広まる以前からラトビアに根付いていた自然崇拝の宗教で、ラトビア人の約20%の人たちが現在も信仰しています。自然や先祖を大切にし、季節の移り変わる八節ごとに祭りを行うラトビア神道は、どこか日本の風習にも通じるものがあるように感じます。
プズリもキスツも、もとは共に麦わらを使った飾りで、プズリは、12本の麦わらに糸を通して正八面体を作り、それを繋いでいくことで大きな飾りを形作っていくもの。キスツは交差させた麦わらを軸に糸などを巻き付け、平面のオブジェを作ります。
プズリを形作る12本の麦は、一年の12ヶ月を表し、正八面体を構成する8つの面は八節を、四隅は東西南北を、上の三角形は天空を、下の三角形は地下を表しています。たくさんのプズリが繋がっていくことで、すべての存在が繋がっているということや自然界の連鎖を表現していると言われています。
一方キスツは、交差し、巡っていく糸によって世界の成り立ちを始め、積み重なることで先祖からの命の連なりを表します。社殿の天井から吊るされたキスツは、火の粉を受け止め防火の役割も果たすそうです。
教えてくれたのは、プズリ作りの第一人者、アウスマ・スパルヴィニャさん。ラトビアでは「人間国宝」のような達人なのだそう。でも、アウスマさんは気取らず気さくで、「そうそう、上手上手!」とみんなを褒めながら、元気よく楽しそうに指導してくれました。
廃墟から生まれ変わった、麗しの猫の館
今回の旅で特に印象に残った場所の一つが、ヤルガワ郊外にある、アブグンステ領主館です。重要文化財に指定された2つの建物(蔵と本館)があり、現在はホテルや結婚式場として使われています。
この領主館には少し風変わりで、素敵な物語がありました。
ここのオーナー、アスナーテさんは、もともと夫と3人の子ども、3匹の猫とリーガに住んでいましたが、都会の狭い住居での暮らしに心底辟易していたのだそう。そんなとき、この領主館がオークションにかけられているのを知り、一目惚れ。家族や知人にお金を借りながらなんとかオークションで競り勝ち、2016年に自分たちの家として、この領主館を買い取ったのでした。
ところが、無事手に入れたのはいいものの、建物はそのとき廃墟も同然。家具一つ残っておらず、暖房器具もなかったそうで、アスナーテさん一家はEUからの支援金なども得ながら、自分たちで少しずつリノベーションし、現在の姿に生まれ変わらせたのでした。
「飼っていた猫が子猫を産むと、いつも支援金の審査に通るので、猫は私たちにとって幸運のシンボルなんです」と、微笑むアスナーテさん。その度に猫の像を作って記念しているうちに、いつしか庭や館内に猫を描いた絵や彫刻が増えていくように。今や60人のアーティストによる猫のアートが飾られているのだそうです。
「ここは、ホテル、ウェディング場であるだけでなく、私たち家族が暮らす"家"でもあります。建物も、生きもの。最初はゴミだらけで中もボロボロ、シラミだらけのおばあちゃんって感じでしたけど、一つ一つの部屋と少しずつ対話しながら整えていって、今では素敵な女性に生まれ変わったのではないかしら」とアスナーテさん。建物に愛を持って向き合い、美しい館に甦らせたアスナーテさんのセンスに脱帽です。
■アブグンステ領主館(Abgunstes muiža)
夏期シーズンはウェディング利用のみ。一般宿泊・ランチの利用はオフシーズンに予約可
https://https://www.abgunste.lv/
今回リーガ近郊の小さな街、ヤルガワを訪れてみて、苦難の歴史を生き抜いてきたラトビアの人々が、いかに自分たちの文化や歴史を大切に思い、未来に受け継ごうと意識しているかを肌で感じました。と同時に、アウスマさんやアスナーテさんのように、朗らかでありながら、強い意志を持つ、個性豊かなラトビアの人々の魅力にもまた触れられた旅でした。
次回はラトビアのユニークな食文化と、市民の食を支えるリーガのマーケットの情報をお届けします。
取材協力
ラトビア投資開発庁観光部(ラトビア政府観光局) https://www.latvia.travel/ja
フィンエアー https://www.finnair.com/jp-ja
フィンエアーの運航状況
2024年3月30日までの冬期スケジュールでは、成田、羽田、関西空港からヘルシンキ路線が運航中。2024年夏期スケジュールから、名古屋―ヘルシンキ路線が週2便で運航再開予定。
TEXT&PHOTO: 内山さつき
〈地球の歩き方編集室よりお願い〉
渡航についての最新情報は下記などを参考に必ず各自でご確認ください。
◎外務省海外安全ホームページ
・URL: https://www.anzen.mofa.go.jp/index.html
◎厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について
・URL: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html
(関連記事)https://www.arukikata.co.jp/web/catalog/article/travel-support/
筆者
地球の歩き方書籍編集部
1979年創刊の国内外ガイドブック『地球の歩き方』の書籍編集チームです。ガイドブック制作の過程で得た旅の最新情報・お役立ち情報をお届けします。
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